FA

1863年12月19日、イングランドサッカー協会(FA)にて統一ルールが決まり初めての試合がリッチモンド対バーンズ戦で開催された。それまではイギリス全土にて様々なるルールのもとサッカーが行われており、地域対抗でもかなりの混乱をみることになった。イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドの4カ国が一同に集い、14条からなる世界で最初の統一ルールが作成された。写真は当時の手書き「競技規則」であり、マンチェスターの国立サッカー博物館に展示されている。イングランド行かれるかたは、ビアパブばかりに行かずに、博物館にもいきましょう。お勉強になるとおもいますよ。最初のルールで面白いのがゴールの幅8ヤード(7.3m)が決まっていることである。何故に8ヤードなのか?定かではないのでまた調査してみる。ラグビーと同様に両方のポールには紐なり、棒が渡されてないというのが規定されているので、まさに青天井のゴールであった。高さ制限がないから、当時の選手はシュートは楽だったかと思う(笑)。しかしラグビーの様にはいかない。ラグビーはプレスキックの際には、相手チームはポールまで下がり、タッチジャッジ2名がそれぞれのポールしたで、主審との連携をとってボールの軌跡を追っている。サッカーだとそうはいかない。常にシュートが打たれるわけだから、それこそ「ゴールイン」「アウト」で相当にもめたことだろう。多分英国人の事だから試合中の喧嘩が絶えなかったと想像する(笑)。1871年にGKのポジション導入が決まった。GK入れるということは、高さの上限がここで決まったのであろう。あくまでも想像であるが、単純にもともとゴール幅が8ヤードと決まっているわけで 高さは1/1.1/2.1/3.1/4のどれがであろう。1/1,1/2ではGKを置く意味がない(高さが7m~3.5m)従って、1/3(2.3m)に設定したのだと考える。ここでゴールの寸法は横幅が先駆だということが証明された。時は流れて、1970年メキシコワールドカップ(ペレ、リベリーノ、ジャイルジーニヨ、トスタオ、率いるブラジル優勝)に初めて、「イエローカード」「レッドカード」が採用された。といっても「カード」ではなくて、当時は「ハンカチ」である。(そこから高倉健さんの黄色いハンカチが映画になったとは誰も言ってない)。前回1966年ロンドンワールドカップでのペレ選手への暴力的な反則、アルゼンチン、「ラチン」主将のイングランド選手への暴行等が原因となっている。「カード」が採用されるまでの、およそ100年は多くの優秀な選手が乱暴な反則で痛められ、引退せざるを得ないことだったろう。サッカーの競技規則は FIFAとは異なった国際サッカー評議会(IFBA)にて毎年審議されている。英国の4カ国4名の代表とFIFAからの4名の代表、合計8名の選考委員の内6名以上の承認をとらないと、競技規則の変更はできない。だいだい、毎年6月1日発表され、世界的には7月1日から施工される。最近目新しいのは、2010年南アフリカワールカップ誤審が引き金となって、2012年ゴールラインテクノロジーの導入が採用された(ゴールの機械判定)。こうして年月と経験を踏まえてサッカーのルールは改善されてきているが、相変わらず「オフサイドルール」については、試行錯誤状態であるといえる。いっそのこと辞めたらいいのにと、無責任にも思っている。(笑)